退職金にかかる税金が増税されるの?現在の税制内容と対策について解説
掲載日:
2021年の税制改正によって退職金への増税が実施されていますが、さらに今後も退職金に関する税制の見直しが検討されています。
こどもの教育費や住宅ローンの返済などに退職金を活用しようと考えていたにもかかわらず、退職金の増税によって手取り額が減ってしまうと、将来の資産計画が狂ってしまいますよね。
退職金の増税に備えるためには、どのような改正があるのか、どういった背景で見直されるのかを知っておくことが大切です。この記事では、退職金にかかる税金の計算方法や税制改正の内容を紹介します。増税に備える方法もまとめているので、ぜひ参考にしてください。
退職金にかかる税金とは
退職金とは、通常の給与や賞与とは別に雇用主から支払われる金銭のことで、支給時には以下の税金が課せられます。
【退職金に課せられる税金】
所得税 | 個人が1年間に得た所得に対してかかる税金 |
住民税 | 公共施設や上下水道などの行政サービスを提供することを目的に徴収される税金 |
復興特別所得税 | 東日本大震災からの復興を目的として2013年から2037年までの所得税額に2.1%付加して納める税金 |
退職金を受け取る際は、退職所得控除によって納税額を抑えられたり、ほかの所得と合算しない「分離課税」が適用されたりといった税制優遇が受けられる特長があります。退職金の納税額は、勤続年数や支給金額によって異なるため、自身の退職金にどれくらいの税金がかかるのかを知っておくことが大切です。
退職金にかかる税金の計算方法
2023年6月16日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)」には、政府が退職所得課税制度の見直しを視野に入れていることが記載されています。この発表から、令和6年(2024年)度の税制改正で退職所得課税制度にどのような改正があるのかに注目が集まっています。(※税制改正後に追記予定です。)
ただ、税制改正の内容を理解するためには、現状の納税額の計算方法を知っておくことが必要です。ここでは、退職金にかかる所得税や住民税、復興特別所得税を計算する手順を紹介します。
1. 勤続年数から「退職所得控除額」を求める
2. 退職金額から退職所得控除額を差し引き「課税退職所得額」を計算する
3. 課税退職所得額に税率をかけて、控除額を差し引く
それぞれの流れを詳しく見ていきましょう。
STEP1:退職所得控除額を計算する
退職所得控除とは、勤続年数に応じて退職金から差し引ける控除制度のことです。退職所得控除の金額は、下表のように計算します。
退職所得控除額の計算式
勤続年数 | 控除額 |
20年以下 | 40万円×勤続年数 |
21年以上 | 800万円+70万円×(勤続年数−20年) |
勤続年数の期間に1年に満たない期間がある場合は、その期間を1年に切り上げて計算することになります。例えば、2年2ヵ月で退職した際は「勤続年数3年」として計算します。現在の税制だと勤続20年までは1年の控除額が40万円ですが、21年目からは控除額が70万円になることで、長く勤めることで退職金の控除額が大きくなる仕組みであることが分かります。この結果、退職金の手取り額が増えてくることが読み取れるかと思います。
なお、退職所得控除の金額が80万円に満たない場合は、退職所得控除を「80万円」として計算することができます。
STEP2:課税退職所得額を計算する
課税退職所得額とは、退職金にかかる税金の基礎となる金額のことをいい、以下の計算式で求められます。
課税退職所得額の計算式
課税退職所得額=(退職金額−退職所得控除額)×1/2 |
なお、勤続年数が5年以下の役員は、退職所得控除を差し引いた残額に2分の1を乗じることができません。これを「特定役員退職手当等」といいます。なお、従業員として5年以上勤務していたとしても、役員として勤務していた期間が5年以下であれば、役員退職金に対して適用されることとなります。
STEP3:退職金にかかる税金を計算
退職金にかかる所得税は、課税退職所得額に応じて以下の税率をかけたうえで控除額を差し引くことで求められます。
所得税の速算表(平成27年分以後)
課税退職所得額 | 税率 | 控除額 |
1,000円〜1,949,000円 | 5% | 0円 |
1,950,000円〜3,299,000円 | 10% | 97,500円 |
3,330,000円〜6,949,000円 | 20% | 427,500円 |
6,950,000円〜8,999,000円 | 23% | 636,000円 |
9,000,000円〜17,999,000円 | 33% | 1,536,000円 |
18,000,000円〜39,999,000円 | 40% | 2,796,000円 |
40,000,000円以上 | 45% | 4,796,000円 |
引用:国税庁|所得税の税率
復興特別所得税は、上表で求められた所得税額に2.1%をかけることで求められます。例えば、課税退職所得税額が300万円だった場合は、以下のように計算します。
300万円×10%−9万7,500円=20万2,500円(所得税額)
20万2,500円×2.1%=4,252円(復興特別所得税)
※ 1円未満の端数は切り捨て
退職金にかかる住民税は、課税退職所得額にかかわらず一律10%の税率をかけることで求められます。住民税を計算する際は、控除額を差し引く必要がないので、所得税率と合計して求めないように注意しましょう。
勤続年数19年・退職金1,000万円の場合をシミュレーション
ここでは、勤続年数19年で、退職金を1,000万円受け取った場合の計算シミュレーションを紹介します。
まずは、退職所得控除を計算し、課税退職所得額を求めます。
40万円×19年=760万円(退職所得控除)
(1,000万円−760万円)×1/2=120万円(課税退職所得額)
次に、所得税および復興特別所得税、住民税を計算します。
所得税:120万円×5%=6万円
復興特別所得税:6万円×2.1%=1,260円
住民税:120万円×10%=12万円
合計納税額:6万円+1,260円+12万円=18万1,260円
このように勤続年数19年で、退職金1,000万円を受け取ったときの納税額は、18万1,260円となります。
勤続年数21年・退職金1,000万円の場合をシミュレーション
次に、勤続年数21年で、退職金を1,000万円受け取ったときの納税額を計算します。
まずは退職所得控除を計算し、課税退職所得額を求めます。
800万円+70万円×(21年−20年)=870万円(退職所得控除)
(1,000万円−870万円)×1/2=65万円(課税退職所得額)
次に、所得税および復興特別所得税、住民税を計算します。
所得税:65万円×5%=3万2,500円
復興特別所得税:3万2,500円×2.1%=682円(1円未満の端数は切り捨て)
住民税:65万円×10%=6万5,000円
合計納税額:3万2,500円+682円+6万5,000円=9万8,182円
以上のように、勤続年数21年の人が退職金1,000万円を受け取った場合の納税額は、9万8,182円となります。
勤続年数が2年延びて、勤続20年を超えたことで課税退職所得額の計算方法が変わるため、納税額が8万3,078円も少なくなりました。
このことから、勤続年数が長くなるほど、退職金にかかる税金の負担が軽減することがわかります。
ここまでのシミュレーション結果に、退職金2,000万円・2,500万円、勤続年数40年のケースを加えた退職金の計算シミュレーションも見ていきましょう。
退職金別✕勤続年数別の手取り額シミュレーション
退職金1,000万円 | 退職金2,000万円 | 退職金2,500万円 | ||
19年勤務 | 退職所得控除 | 760万円 | ||
課税退職所得額 | 120万円 | 620万円 | 870万円 | |
所得税 | 6万円 | 81万2,500円 | 136万5,000円 | |
復興特別所得税 | 1,260円 | 1万7,062円 | 2万8,665円 | |
住民税 | 12万円 | 62万円 | 87万円 | |
納税額 | 18万1,260円 | 144万9,562円 | 226万3,665円 | |
手取り額 | 981万8,740円 | 1,855万438円 | 2,273万6,335円 | |
21年勤務 | 退職所得控除 | 870万円 | ||
課税退職所得額 | 65万円 | 565万円 | 815万円 | |
所得税 | 3万2,500円 | 70万2,500円 | 123万8,500円 | |
復興特別所得税 | 682円 | 1万4,752円 | 2万6,008円 | |
住民税 | 6万5,000円 | 56万5,000円 | 81万5,000円 | |
納税額 | 9万8,182円 | 128万2,252円 | 207万9,508円 | |
手取り額 | 990万1,818円 | 1,871万7,747円 | 2,292万492円 | |
40年勤務 | 退職所得控除 | 2,200万円 | ||
課税退職所得額 | 0円 | 0円 | 150万円 | |
所得税 | 0円 | 0円 | 7万5,000円 | |
復興特別所得税 | 0円 | 0円 | 1,575円 | |
住民税 | 0円 | 0円 | 15万円 | |
納税額 | 0円 | 0円 | 22万6,575円 | |
手取り額 | 1,000万円 | 2,000万円 | 2,477万3,425円 |
勤続年数5年以下で退職金をもらう場合の注意点
2021年の税制改正によって、退職金にかかる税金に関して、新たに「短期退職手当等」が導入されました。これは、2022年1月1日以降に支給される退職金を対象とした増税制度です。自身の退職金の手取り額がどうなるのか、いくら減るのかを知るためにも、概要と計算方法を知っておきましょう。
短期退職手当等とは
短期退職手当等とは、役員以外の勤続年数5年以下の従業員に支給される退職金を対象としたものです。短期退職手当等の導入によって、2022年1月1日以降に退職金を受け取ったときの課税退職所得額の計算方法が、以下のように変更されました。
短期退職手当等の課税退職所得額の計算方法
勤続年数5年以下で、「退職金額−退職所得控除額≦300万円」の場合 | (退職金額−退職所得控除額)×1/2 |
勤続年数5年以下で、「退職金額−退職所得控除額>300万円」の場合 | 150万円+{退職金額-(300万円+退職所得控除額)} |
短期退職手当等に該当すると、退職所得控除を差し引いた金額の300万円を超える部分に2分の1を乗じることができないため、対象者にとっては大幅な増税となります。
税制改正に至った背景
短期退職手当等が新設された経緯には、退職金に適正な課税をするためといわれています。
納税額が大きくなりやすい退職金は、税負担が重くなりすぎないように退職所得控除を差し引いた残額に2分の1を乗じる税制優遇が設けられています。ただし、すべての退職金に適用されるわけではなく、勤続年数が5年以下の役員が受け取る退職金は「特定役員退職手当等」に該当するため、税制優遇の対象外になります。
特定役員退職手当等に該当すると、役員としての勤続年数が短くなるほど税負担が重くなるため、役員に就任することを避けて退職金への課税を軽減する節税手段が取られるようになりました。このような不適切な行為をさせないために短期退職手当等が新設されることとなったと考えられます。
今後さらなる税制見直しの可能性も
2023年6月16日に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針(骨太方針)」には、労働市場改革を目的として退職所得課税制度の見直しを実行するという記載があります。
これは2022年10月18日に開かれた税制調査会で、「長期勤続の場合を特に優遇していくことが適当であるかどうか検討する必要がある」と議論されていたことを示唆していると考えられます。つまり、現状の勤続年数が20年を超える場合の退職所得控除を一律の金額に見直す方針であるとも読み取れるのです。
この見直しを検討するに至った理由には、退職所得控除額が増えることで転職の機会を逃すことを防止し、人材の流動性を高める目的があることが考えられます。退職所得控除の金額変更は、退職金の手取り額に大きな影響を与えるので、今後の政府の動きに注目しておきましょう。
退職金に関する2021年の税制改正による影響は?
2021年の短期退職手当等の新設によって退職金の手取り額が減ってしまう人は、勤続年数5年以下で「退職金額−退職所得控除額」の金額が300万円を超える人です。今回の税制改正では、転職やライププランに以下のような影響を与えることが想定されます。
【退職金の税制が改正されることによる影響】
・永年勤続の人が有利となり、転職する人が減る可能性がある
・増税対象者は手元に残る退職金が減ることで、資金繰りの予定が狂う
永年勤続の人が有利となり、転職する人が減る可能性がある
2021年の短期退職手当等の新設は、勤続年数5年以下の退職が不利になってしまうため、転職者が減少することが懸念されます。一方、現在では勤続年数が20年以上になると、1年あたりの退職所得控除の割合が増えるので、永年勤続の人が有利になる税制となっています。
現在の税制が転職するときの判断になるかどうかは個人の判断によりますが、転職時期が早くなるほど退職金の手取り額が減少する傾向にあるため、退職タイミングを遅らせる人や見送るといったことが考えられます。そうすると人材の流動性やスキルアップの機会が損なわれてしまうため、社会的な損失につながることも考えられるでしょう。
増税対象者は手元に残る退職金が減ることで、資金繰りの予定が狂う
短期退職手当等の対象者は、退職所得控除の金額が少なくなることで退職金の手取り額が減ってしまいます。退職金を受け取れることを前提として、以下のようなライフプランを計画していた場合は、資金繰りが苦しくなってしまうことが考えられます。
・住宅ローンの返済
・家電や家具の購入
・住宅購入・リフォーム
・子どもの教育費や結婚費
・開業・起業の運転資金 など
退職金が想定していた金額より少なかった場合、ライフプランや資金計画の見直しが必要になってしまいます。そのような状況にならないためにも、事前に退職金額のシミュレーションをしておくことが大切です。
退職金増税への対策
短期退職手当等の新設や、退職所得課税制度の見直しが検討されている現代では、税制改正による増税に備えていくことが大切です。退職金の増税対策には、以下の方法が挙げられます。
【退職金の税制改正による増税への対策】
・企業型DCやiDeCo活用する
・マネープランをしっかり見直す
・ファイナンシャルプランナーに相談する
企業型DCやiDeCoを活用する
企業型DCやiDeCoは、資産運用によって老後資金を効率的に準備できるため、退職金への増税に備えることができます。企業型DCは、事業者が拠出した掛け金を加入者(従業員)が運用することとなる一方で、iDeCoでは加入者が掛け金を拠出したうえで運用するのが特徴です。
これらの資金を一時金で受け取ると「退職所得」として見なされるため、増税による影響を受けやすいという注意点があります。そのような状況を防ぐには、「年金方式」または「年金方式+一時金」の組み合わせで受け取るのがおすすめです。企業型DCやiDeCoを年金形式で受け取ると、雑所得として公的年金等控除の適用が受けられるので、退職金への増税対策として活用できるでしょう。
また、企業型DCに加入していた会社を退職しても、転職先の企業型DCやiDeCoに移管できるため、退職時に受け取らなくても済むメリットもあります。受取開始時期は60歳〜75歳の間で指定でき、受給期間を5年〜20年で選択できるので、自身のライフプランにあわせて活用するのがおすすめです。
マネープランをしっかり見直す
こどもの教育費や住宅ローン返済に退職金を活用しようと考えていた場合は、マネープランを見直すことが大切です。退職金への増税によって手取り額が減ると、今後の人生設計が狂ってしまう可能性があります。
しかし、どのような税制改正であるのかを確認したり、資産運用の方法や取り崩しタイミングを選んだりするのは、それ相応の知識と経験が必要になります。本業や育児をしながら学ぶこともできますが、現実的には難しいでしょう。マネープランに不安があるときは、これらの知識や経験をもった専門家の力を借りるのがおすすめです。
ファイナンシャルプランナーに相談する
退職金への増税やマネープランに不安をもっている方は、ファイナンシャルプランナーへ相談するのがおすすめです。
ファイナンシャルプランナーに相談すると、こどもの教育費や老後資金といった今後の人生で必要とされる資金をどのように準備するべきかのアドバイスを受けられます。そのため、退職金の増税による漠然とした不安を軽減することにつながるでしょう。
なお、退職金受取時の納税額や節税方法といった具体的な相談は、税理士の独占業務とされているので、無償であってもアドバイスをすることができません。ただし、どのような税制改正があったのかを伝えたり、仮条件で納税額を計算したりする一般的な相談はできるため、マネープランとあわせて税制に関する説明を受けるとよいでしょう。
クレディセゾンでは、ファイナンシャルプランナーに無料で相談ができるオンラインFPショップ「セゾンのマネナビ」を提供しています。相談内容に応じて、その分野に強いファイナンシャルプランナーの指名もできます。
お金に関するお悩みをお持ちの方は、ぜひ「セゾンのマネナビ」をご活用ください。
退職金の増税に関するよくある質問
ここでは、退職金の増税に関するよくある質問を紹介します。
2021年の税制改正の適用はいつから?
2021年の税制改正によって新設された短期退職手当等は、2022年1月1日以降に受け取った退職金に適用されます。
勤続4年・退職金500万で退職予定です。税額は以前より増える?
2021年の短期退職手当等の導入によって納税額は、下表のように25万6,785円から28万6,995円まで増えることとなります。勤務先からの支給額は変わらないので、手取り額が「3万210円」も減ってしまいます。
勤続4年✕退職金500万円の場合
改正前 | 改正後 | |
退職所得控除 | 160万円 | 160万円 |
課税退職所得 | 170万円 | 190万円 |
納税額 (所得税・住民税・復興特別所得税) | 25万6,785円 | 28万6,995円 |
まとめ
住宅ローン返済や住宅リフォームなどに欠かせない存在となっている退職金ですが、今後の税制改正によって手取り額が減少することが予想されます。退職金を受け取れることを前提としたライフプランを計画している場合は、退職金の増税が進むことによって人生設計が狂ってしまう可能性があるため、自分の置かれている状況を鑑みて、都度シミュレーションしてみることが大切です。
退職金の増税対策に限らず、マネープランの見直しを検討している方は、ファイナンシャルプランナーなどの専門家に随時相談してみましょう。
▶関連記事:退職金の受け取り方は「一時金」と「年金」どちらがお得?注意点も解説